元東大生が果たして東大を中退してよかったのか考察するブログ

東大の近くを歩いていたら、偶然、東大の卒業式に遭遇してしまったことをきっかけに始めたブログです。

「なんで私が東大に?」を書いてみる① 〜結果にコミットする〜

東京大学は定員割れすることはないだろうし、

オフィス近くに沢山の予備校があるが、

 

高校生や浪人生が東京大学を目指すために

必死に勉強しているよう。

 

調子に乗っているわけではなく、東大で合格を勝ち取るのは

ぼくにとって、そんなに難しいことではなかった。

 

その話を少ししてみたい。

多分シリーズ化する

ぼくは昔から自己評価が高かった

 

10歳の頃に作った成人した時に開けるタイムカプセルには

きっと今頃東大生ですね

と書いてあった。

 

合格してなかったら死にたくなることを書く、

思慮の足りないやつだと思ったが、

無事は入れていたので、当時は許した。

 

なぜか東大に入ることを当たり前のように感じていた。

 

親族に大卒すらほとんど家系

 

である。

 

でも以前からぼくは

周囲に東大に行くと言っていたらしい。

 

不思議だ。

当時のぼくに、

 

東大なんて大したものじゃないぞ

大事なのは入ってからだぞとか

東大なんてくらべものにならないいい大学が海外にはあるんだぞ

 

と伝えたいが、こればかりは仕方ない。

夢なんてないけれど、でもないからこそ、

 

東大くらいには入っておかないとまずいな。

と思っていた自分は子供なりによく考えたと褒めたい。

 

そして、ここまでなら

 

海賊になりたいとか

ウルトラマンになりたいと大差ないが、

 

「なんで私が東大に?」の一番大きな理由は

 

この東大に入るという目標設定が

一切ブレなかったことである

 

目標ができてから達成されるまでの10年弱。

ずっと頭にあった。

 

やはり

「なんとなくいい大学に行きたい」と

「東大に行きたい」は違う。

 

ターゲットが明確で、具体的な目標設定。

 

加えて、東大合格という結果にコミットしていた。

 

成人した自分への手紙にも書いてしまい、

家族、親族にも東大に行くと話し、

成績が伴わないうちから友人や先生にも

東大に受かるという話していた。

 

これで受からなかったら死んだほうがマシだ

 

という状態である。

そのため、結果に対して努力できたと思われる。

 

 目標を具体的にし、口に出す

 

f:id:knt-endo:20160325132516j:plain

自己啓発みたいだが、すごく大切なことだった。

 

別に勉強自体を必死にやったわけではない。

中学生の間は成績は下から数えたほうが早かったし、

ぶっちゃけ勉強はしていなかった。

 

相当集中してやったのは一年強くらいである。

この辺の話は次回以降のエントリーに書いていくが、

 

しかし、結果にコミットしてなければ、

この努力もしなかっただろうと思う。

 

根底を支えていた目標設定。

これがあったからぼくは東大に合格した。

 

ただ、忘れないで欲しいのは

ぼくは東大を中退しました。

 

これには弊害があるし、

過去のぼくには言いたいことが山程あります。

 

ただ、この日本では仕方なかったとも思います。

このブログが少しでも過去のぼくにいろんな気づきを与えて、

 

盲目的に東大を目指すという愚策をとらない

ようになれば嬉しいです。

 

まだまだ書いていきます。